ボトル

good night mare

滑り止めのない箸で食うラーメン

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 ミルクポーションをいたずらに舐めたことがある。

小さいプラスチックの容器を振り続ければ、生クリームになるんじゃないかと思っていた。

そう信じて、日がな一日振り続け、夕方にまったく泡立ってすらいないミルクポーションを飲んだ。

ケミカル感とクリーミーが両立することもあるのだ。

味と勘違いしてしまうほど、舌触り。

ミルクポーションはすごい。

単体で舐めてもうすーい薬品の味なのに、コーヒーに入れると途端にミルクの味になるのはなぜだろう。

 

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 「教会はこちらです。」

看板の矢印の通り、左側に顔を向けると、教会があった。

傾いた土地にプレハブの建物が、居心地悪そうに建っていた。

今にも崩れそうな佇まいのそれは、ところどころペンキが剥げており

こんなところに本当に神がいるものかと、少し疑った。

「ようこそ」

玄関のドアにかけられたラミネートだけが、やたらと新しかった。

 

 昔京都に住んでいた。

家の近くに異常に安い中華屋があり、何度も入ってみようと思ったが、店構えがボロく、食品サンプルもぼやけてみえて何となく近寄りがたかった。

しかしなぜか、共産党のポスターだけは新しかった。

私はその店を「共産党ラーメン」と呼んでいた。

大学卒業前に1度だけ行った。

味は普通だった。

 

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 台所にはさかなが住んでいる。

そのせいで私は皿が洗えないのだ。

プラスチックの容器がベットのそばに積みあがる。

今日はゴミの日だった。

ゴミ袋にまとめて、玄関に向かう。

靴の上に冬眠中のクマが住んでいて、履けない。

 

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 高温の油に濡れるパスタを、君は見たことがあるだろうか。

揚げられたパスタの周りにまとわりついたスパイスは何が入っているんだろう。

味の素のあじがする気がする。知らないけど。

ああいう手数の必要な食べ物は好きだ。

他には、

・居酒屋のコーンバター

マクドの枝豆コーン

など。

特に意見のない会話に入れないとき、一粒ずつ食べる。

考えるふりができる。できている気がする。

タバコと一緒だよ。おいしいだけましかな。

そうしてあっという間に「ドリンクラストオーダーですが」と遠くで聞こえる。

先に帰りますねと言って帰る。

 

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 少し前の話だが、「自由さ」に対する勘違いがあったことを認めておいたほうが良い気がする。

例えば自分のオリジナル魔法技、これはどこまでも自由だが、今思えば制約あってこその詠唱だった。

「受胎告知」という必殺技がある。

1ターン消費して全回復できる。

せっかく考えて行ったのにターン制のゲームではなかった。

なのでまったくの無駄になったが気に入ってよく文字を眺めている。

その時は知る由もなかった。半年後、梅田のスープストックTOKYOで使うことになるとはね。

 

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睡眠を促進するためのTシャツを作ろう。

夢よりはるかに劣る現実を見るために。

 

5月だ。

どくだみの花が咲きはじめている。

 

 

エロ本を買った日

 

人のセックスを笑うな」という小説がある。

山崎ナオコーラさんの作品で、いまから14年ほど前に映画化され、公開された。

 

当時たいへん話題になったので、題名を知っている人も多いのではないか。

 

私がその小説と出会ったのは、14歳の時だ。

その頃の私はBOOK OFFにドハマりしていた。

それはもう、異常者のようにBOOK OFFに通い詰めており、土曜日は家庭教師ヒットマンREBORN!のアニメが終わった11時からおもむき、満足するまで立ち読みした後帰宅し、遅めに昼食をとった後もう一度BOOK OFFに行って漫画を読んだ。

他にやることがなかったのかもしれない。

 

自動ドアだけがガラスだ。本屋には日光が入らない。

仕方がない。本が傷んでしまうから。

しかしBOOK OFFは入ったとたん、明るくて暖かい。

 

BOOK OFFは最高だ。

金のない私の前に、何でも出現させるような力があった。

同じ棚に行き、同じ本を手に取り、毎度最初から読んだ。

何度も読んで気に入ったら、買った。

 

同じコンテンツを何度もしがむ癖がついてしまったのは、こういう時間があったことに深く関連しているのではないかとふと思う。

 

 

そういうわけで、本は多く持たないが読書家という、昨今「作家に直接金を落とすべきべき」論の流行するインターネットでは軽蔑されかねない少女が、1冊だけ、1ページも開かぬまま購入した小説がある。

 

それが「人のセックスを笑うな」だ。

 

その背表紙は思春期の私の目をとらえて離さない。

本棚に行儀よく並ぶ、人の手あかのついた物語が一瞬で脇役になってしまう。

 

「セックス」

 

衝撃的な言葉だ。

私は「人のセックスを笑うな」のさしてある本棚の前を1時間ほどうろついた。

そのあと、「人のセックスを笑うな」の両隣にあった本を抜き、ぱらぱらめくった後、元通りに戻した。

 

なにやってんだ私は。

 

その日はなにも買わずに帰った。

 

次にBOOK OFFに行ってあの本があったら読もう。

でもエロだから店員さんに見つかったらやばいかな。

親に電話されるかもな。触るだけならセーフかな。

あれ?あれってもしかしてそもそも18禁のコーナーにあるべき本なんじゃないのか?

あーなんだ、謎が解けたわ。どうりで不自然なわけだわ。

次行ったとき、店員さんが気付いて場所移動してるかもな。

なんなら「ここにエロ本がありますよ」と報告してもいいかもしれない。

……いや、無理だ。エロ本の報告はできない。

なんで見つけたのか聞かれたら答えられない。

逮捕されるまである。いやされないだろうけども。わかってる、わかってんだよ。

……でも仮によ?私が逮捕されなかったとしても、店員さんはどうなる?

未成年にエロ本を触らせた罪に問われはしないだろうか。

だとしたらマジで申し訳ないよな。

店員さんが捕まらないうえ、18禁コーナーにあの本を戻す方法があるはずだ。

自分で18禁のコーナーの近くにもっていくのはどうだろうか。

絶対見つからないように……。

……そうだ、あの本の両サイドにあった本を一緒にこう、「人のセックスを笑うな」をサンドするかたちで3冊一気に本棚から抜けばよいのでは?

天才だ……これしかないわ……。

私のおかげでBOOK OFFの治安は完全に守られたというわけ。

 

goodnight……!

 

 

翌日、走ってBOOK OFFへ向かった。

その足取りはさながら勇者のように気高い。

人のセックスを笑うな」までわき目もふらず、一直線だ。

 

そして目的の本棚へ到着。

十分周りを警戒して、昨日立てた作戦通り3冊まとめて本を抜……

 

抜けない……!?

抜けないじゃん。

本棚想像よりギッチギチじゃん。

いやでもね、いうて。いうて抜ける。

ほらほらほらほら!いい感じ!ロッククライミングみたいに指先力入れて!

そうそうそうそう!いけいけいけいけ!

 

抜け抜け抜け抜け!!!!

 

 

 

バーーーーーーーーーーン!!!!

 

次の瞬間、私の足元は本だらけになっていた。

本棚に詰まっていた本たちが大きな音を立てて20冊程度床に落ちたのだ。

 

落下した本の冊数自体は大したものではなかったが、少し大判のハードカバーの本も交じっており、静かなBOOK OFFに響いた音は決して小さくなかった。

 

「お怪我無いですか!?」

音に反応してすっ飛んできた店員の声が聞こえる。

「あ、はい、あの、すみません。」

親指と人差し指に入っていた力が抜ける。

3冊の本を抱えなおし、店員と目が合う。

 

「あの~」

やっべ~。

「こちら私のほうで直しておきますので大丈夫です。

そちらはお買い上げ予定の本でしょうか?」

「はい」

とっさに訳の分からない言葉が口をつく。

「でしたらこちらでお預かりいたしますので。」

「え?はい、ありがとうございます。」

自分は……なにを?

「レジこちらになります。どうぞ。」

これ以上仕事を増やすなと言わんばかりの店員に誘導され、あっというまに「人のセックスを笑うな」を挟んだ3冊が雑に袋に放り込まれる。

 

「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」

 

まぶしいほど日光の差す自動ドアが開き、私は押し出されるように外に出た。

 

 

何何何何???????

何が起こったの?????

 

私今「人のセックスを笑うな」を買ってしまった?????

 

エロ本買っちゃった???????

 

 

そこからの記憶、ぶっちゃけない。

どうやって家に帰り着いたのか覚えてない。

覚えていないけれども、どうにか家にたどり着き、そ~っと「人のセックスを笑うな」の表紙を眺めた。

なでたり、下からのぞいたりした。

 

冷静になってみると、これそんなにエロい本じゃないかもしれないな。

いやでも、官能小説かも。

スポニチのエロのコーナーで見たやつみたいなのが載ってるのかも。

もしくは女性自身のエロのコーナーのやつが載ってるのかもしれない。

 

読みたいけど読むのが怖すぎる。

読んであんまりエロくなかったらいやだし、読んでめちゃくちゃエロくてもいやだ。

あ~~~~~~~

やだやだやだやだやだ~~~~~~~~~~!!!!!!!!!

 

 

 

というわけで、25歳になった今も「人のセックスを笑うな」を読めていない。

読まないという選択をし続けることで私にとって最高に価値の高いエロ本。

 

それが山崎ナオコーラ著「人のセックスを笑うな」だから。

 

 

 

※これ読んでリプライであらすじ送ってきたやついたら絶対殺します。

 

 

 

 

 

 

 

 

お役所仕事

「絵しりとりの流れを止めるやつは重罪ですよ!」


この国では絵しりとりの流れを止めることは法律により禁じられており、違反したものは手足指を裂かれ歯を全部抜かれへそを無理やり開いて殺される。
それを定めたのは我らが女王様だ。麗らかな午後、今日も重罪人の処刑が行われる。


「さあ、もうかんねんしたまえ、ここがお前の年貢の納めどきですぞ。」


執行人の仰々しい声が、重罪人の手を縫い付ける警棒の力をさらに強くする。


「もっと……ください…」


風が吹けば消えてしまいそうな声で、年若い青年は言った。執行人は耳の横に手を当てて、青年の俯く顔に向かって聞き返す。


「もっとくれっつってんだよ!おい!聞こえねえのかよ!」

 

執行人の顔が近づくと同時、ここぞとばかり青年は声を張り上げる。

 

「あの……これ以上は別料金になってしまいますが……」


己の欲望を抑えることが出来ない少年はこう尋ねた。


「ここってPayPay使えますか…?」
「申し訳ございません。現金またはクレジットのみの対応となっておりまして。」
「え…?普通順番逆じゃない?ジジババがやってるような酒屋もPayPayだけは対応してたりするじゃん。」

 

執行人はかぶりをふった。

いつからだ。こんな馬鹿げた奴らに刑罰がつくようになったのは。

 

 

 パワハラモラハラ、セクハラ。

ありとあらゆるハラスメントが約100年前に犯罪となったこの国では、比較的軽罪とされるルートハラスメント──空気・流れを読まない行動──を被虐を好む者たちがわざと犯し、刑罰を受けることが社会問題となっていた。


実は先程からぶたれている青年こそ、10年後この世を震撼させたあの事件。
ホーリーシット・ルートハラスメント・エンジェル(HRA)事件の犯人となる男なのだが、2021年の現時点で、執行人がそれに気づくはずもなく。意を決した面持ちで握り直す獲物に声を乗せた。


「おらぁぁぁぁぁっ!!!これで満足かいっっ!!!!この軽犯罪者がっっっっ!!!仕事増やすなっっっっっっ!!!残業代出ねえっつってんの!!!」
「ああっ!ブラック公務員!監視社会の闇ッ!国の犬っ」
「駄犬が人のこと犬なんて言うんじゃねぇ!返事はワンだ!オラ!!!」


そしてこの日で最高の振り下ろしが来た。既に石畳に崩れ落ちていた男は歯を食いしばって、歓喜に目を見開く。大半がむき出しとなった背中への衝撃。それに伴い、下肢から下腹部、下腹部を通って脳へと直接、一番上等な快楽の電気信号がせり上がってくる。

 

今回自分が止めた絵しりとりの"りんご”の絵が思い浮かんで、そのりんごは頭の中で真っ二つに割れた。一番汚く大きな声で「女王様バンザイ」と叫びそうになったが、あまりの痛さに最初の「じょおお、」の音だけで精一杯だった。

そしてそれ以降しばらく、男は口から意味のある言葉が出せなかった。

 

一方、執行人はガチでドン引いていた。
相手がマゾとして快楽を獲たとして、カケラでもサービス精神があればまた許せたのかもしれない。
しかし、彼は先日異動になったばかりの新米執行人である。つい数ヶ月前までは、法務課で国法と向き合うことが彼の職務だったのだ。
執行人のなんで俺がこんな事を、という凍てついた視線もまた青年に突き刺さり、巡る血液と同じように快感が流れ、波のように次々と打ち寄せるのであった。


ただ、たしかに市井がこんな変態ばかりで埋め尽くされているのならば、今年度の税収は限りなく多く見込めるだろう。


「女王様の抜け目のなさに、俺は頭痛がしてくるようだよ」

 

執行人はぽそりと呟いた。

 

◇ ◇ ◇

 

 そして10年後。青年は大人になっていた。
いや、10年前も成人してはいたのだが、それからさらに......


「いま......おじさんって言ったか?」


スーパーハラスメントタイム突入!おじさんこと青年の脳内でそんな言葉が鳴り響いた。

スーパーハラスメントタイム、略してSHT!!SHT!!SHT!!ウォー!!!!!!キュインキュイン!金のメダルがジャラジャラジャラ。


クソガキが。


青年は一言吐き捨て、自らをおじさん呼ばわりした少年に向けて即座に紙の束を撒き散らす。

 

それは少年の母親のアイコラ写真だった。

そして、少年の反応を待たずに、青年はすぐさまお城の方角へ向きなおり、爆発の如き推進力で走り去って行く。

 

 彼の立ち去った後には、みな一様に具合の悪い顔をした人々だけが残されていた。
みな、女王にやられたのである。女王というか......少しの年月をへて、完全に開花した、最強のサディズム

 

「俺が執行人だ。仕置きをされたいのはどいつだ?」

 

警棒をビタンビタンと手のひらに打ち鳴らすそのさまはまさに、鞭をしならせる女王様のよう。罠にかかった愚かな獲物を哀れむような笑みを皮膚に浮かべた。


彼が処刑台から見下ろした先、腰を抜かした群衆の波を縫うように現れた男が一匹。


「まったく、俺が罪を犯す暇すら与えてくれないとはな……」
「待っていたよ、君のことを......。歴史に残るあの日、あの処刑がぬるすぎるとバックれて帰ったお前がまたもう一度戻ってくるとわかっていたからね。さあ、覚悟をおし!」


あの頃の処刑人とは違う。

男が逃げたあと、処刑人は国中のありとあらゆる犯罪者を捌いてきた。利き腕を刑罰を処すためだけに鍛え上げた。

目の前にいる男のためだけに!


スタートの合図のように、鋭い警棒の音が彼の背中から響いた。


男の背中は鋼鉄の背中だった。

執行人がスタートと同時に男の背後を取って、その背中を打ち付けたのと同じように、男は受けた攻撃を即座に生かし、執行人の後ろに回る。がばっと出現した筋骨の盛り上がった腕が元法務官の体を勢いのまま羽交い締めにして、いやらしい手つきが元法務官の黒いローブの中をまさぐった。


「身体はバランスよく鍛えなきゃダメだぜ」


とたんに執行人のしなやかな左脚が折れ、ぐっと身体を縮めたまま前転する様に回る。男は不意をつかれ、腕が解けて床に転がった。

 

組んだ足元に転がる男を見て恍惚の表情を浮かべ、


「さあ、もうかんねんしたまえ、ここがお前の年貢の納めどきですぞ。」


太陽を背に、執行人は宣う。

奇しくも10年前のあの瞬間と一言一句違わぬ言葉だった。


黄昏月を背に、男は宣う。

 

「はは…!もっと……くださいってな!!」


交差する両者のあいだに一閃光が瞬き、警棒が宙を舞い、ややあって、

 

 

男が倒れた。


振り向きざまに敗者を見下ろした執行人は、男がもごもごと口を動かしていることに気づく。


「ライ……オン…」


風が吹けば消えてしまうような声だった。


りんご。ごりら。その次と来れば、らっぱ?……いいや、違う。俺が十年以上待たされたしりとりは、これでようやく終わったのだ。

彼は男の懐から突き出ているものを掴んで引き抜く。懐かしい。イオンの3階で選んだ、女児向けのノートだ。罫線がない余白の部分に、白い羽根のデザインが描かれている。というか、なんか余白全体にキラキラとした光と小さな羽が無数にある。
絵しりとりをしているのは最初だけで、後ろ側の使っていないページにいくつかメモが書いてある中、『はやくへそを開かれたい』というなぐり書きが目が止まった。


一息ついた執行人ーーーーーーー否、執行人だったというべきか。
女王に報告へ行こう。この馬鹿げた法律をやめさせるのだ。


「あっそういえば......オンライン決済、各種取り揃えていたんですよ。」


余裕の笑みを浮かべ、落ちていく太陽を両腕に受けながら......彼はまた、歩き出した。

 

END

 

(4人で書いたリレー小説です。)

 

産直アルビノジャム

「今朝、浮雲の定置網に珍しいシャボン玉が沢山かかっていたのでよかったらたべてください。うちでは食べきれなくって」


ご近所で農家をしているイッカクさんが届けてくれた。


「ほんとだ珍しい色のシャボン玉ですね。透明じゃなくて、白い」


イッカクさんによると、一般的な光彩色のシャボン玉が稀に白くなるのには、光彩色をつくるプリズムという色素成分が何らかの遺伝的な理由により突然作れなくなってしまい、中に雲が発生したために起こる場合があるという。

 


 いつもお辞儀をするとき、立派な角が当たらないように気を使ってくれるイッカクさん。イッカクの良さが現れていると思いながら、そのままキッチンへ向かう。


 シャボン玉は時間が経つと気化するか、油断をしていると網からフワフワ逃げて屋根まで飛んでいってしまうので、新鮮なうちに泣き虫の涙でボイルして固体にしなければ食べられない。
一般的なシャボン玉は、加熱すると固くガラス玉のようになるが、白くて、少しふかふかしている。


いつもはオーロラ粉で作ったタルトの上に、夜光雲のムース、その上にカットしたシャボン玉をのせて食べるが、今回は小ぶりなシャボン玉が多い上に大量なので、保存が効くジャムを作ることにする。


普通のシャボン玉と同じように縦半分に切り、中のワタの部分を取り除き1cm角にカットする。ごろっと感が欲しい時はもう少し大雑把にカットする。
山の果実であればフォークで荒く潰すのがセオリーだが、膜が命のシャボン玉に関しては刃物を用いたほうが良い。何せ繊細なのだ。

 

「切れた」

 

ラニュー糖をまぶして置き、水分が染み出てくるのを小一時間待つ。工程はここで一区切り。
手を止めれば息が漏れて、肩がゆっくり下がる心地がした。

 


 今時珍しい土間の台所の、すぐ後ろに小上がりになった居間の端へ、スリッパを脱がずに腰かけ、外を見る。

開け放した扉の向こう。触り方に気を付けなければ手を切る長い雑草が門柱を覆い隠すようにびっしり生えている。

きっと、中を見なければ廃屋と見まごう有様だ。

 

 

 突然背後の勝手口の引き戸ががたがた揺れて、レールからぼこ、と押し出された。

薄暗い居間の向こうからまた別のぼうぼう草の景色が見えて、その前に大きな黒いシルエットがあった。

中心からいくつかに枝分かれした先端が部屋に侵入してくる。おくれて中心もついてくる。


頭を下げたまま近づいてくるそれは、くぐもった声で、

 

「み……」

 

み……?

 

「水……あり…ま……か……」
「み、水ですね。少々お待ちを!」

 

あわててきれいなグラスを探し出し、水をためている桶に手を突っ込む。


得体のしれないそれに差し出しながら、改めてまじまじと観察する。
中心から枝分かれしたとげは先端に行くほど細く、針のようにとがっている。
真ん中の柔らかい部分を覆い隠すように、黒くかたい殻をもって、ゆっくりとうごめいていた。

 

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つめたい姉貴をエスコート

 「姉貴!おい姉貴!」


 そんな野太い声が聞こえてきて、俺は顔を上げた。


3番線ホーム、進行方向一番端のベンチ。それが平日の指定席。住宅街とも、ビジネス街とも取れるような、中途半端な街並みの中にあるこの駅が、自分の最寄り駅だ。

生まれてからずっと住み続けている実家から徒歩7分の距離。


「うるさいなあ……」


イヤホンを付け、それなりの音量で音楽を聴いていたというのに、すり抜けてきた謎の声は、どうやら反対側のホームにいるらしい。


「待てって!頼む!!」
「うるさい!ほっといて!!!」

 

 女の声だ。
聞き覚えのあるような気がして、俺はそのままぼんやりとその男女の方をみる。


喧嘩だろうか。平日の昼間から、こんな冴えない街にもちょっとした事件はおこるようだ。


「もう、全部イヤになったのよ。」
「なんで!僕たちは!」


いつの間にか、音楽は終わってしまって、何も聞こえないイヤホンを装着したまま俺は硬直した。


声の主。それは・・・・・・

 

 長い髪が、駅名の看板の後ろから透けるように揺れる。
華奢な肩にプリーツが入ったスカート。女性だろう。


ただし、そこには1人しかいなかった。
反対側のホームの音のすべてはそこにあった。

 

 私は体がだんだん重くなるのを感じた。

そして、3ヶ月前季節が冬にうつりかわる頃、目の前にいるその女性が行方不明になったというニュースを、引き戻されるように思い出した。

 

 噎せ返るような花の匂い。

 

 電車ふたつ分、あとすこし離れているはずなのに、音と匂いがこちらまで漂ってくるなんて。

 

自分の感覚に自信が持てなくなっていく。

俺が今、この眼で見ている彼女は、本当に俺の知る彼女なのか?
疑問に思ったとき、その女のながい髪が揺れる。振り向いたのだ。


ああ!俺の視力は悪い!

 

両目0.5、今日は裸眼だった。顔はぼんやりとしか分からず、けれども俺の知っている彼女に思えた。いつも着ていたようなワンピースのシルエットだから、そう感じているのかもしれないけど。

 

胸に赤い飾り。あれが花なのだろうか。

 

どうしよう、足が止まらない。
俺の脚はどうしてしまったんだ。


一歩、また一歩と電車のホームに向かって進んでいく。


 あの女の顔を確かめたい。好奇心が恐怖を超えていくのがわかる。
右側からくる電車の風が強くほおを押した時、世界がスローモーションになっていた。

 

轢かれる!!!!

 

「あぶなーーーーーーい!」

 

だめだ、俺はもう助からない。

 

 線路沿いぎりぎりに植えられている桜の枝は、電車の窓にいつも擦るのだった。

 

採算が取れないとおなじみの路線、四両編成の車体は擦り切れている。

 


 あふれんばかりの花弁が視界を覆った。
胸が張り裂けそうだ。いや、実際、やぶけていた。

 

目の前に彼女がいた。
ふくらむ下半身が屋根をつくる。

 

彼女が俺にさわってつぶやいた。


「つめたい」

 

赤い飾りが差し出されて、受け取ることができない俺に、彼女は無理やり手ごと握らせた。

 

「あなたに分けてあげる」


それは一回きりの契約だった。

 

 

男の声だ。


「もう、全部嫌になったんだ!」
「なんで、私たちは!」

 

 反対側のホームで、喧嘩だろうか。

 

よく目に映える、赤い飾りをつけた男性がそこにいた。

 

 

(※4人で書いたリレー小説です。)

 

 

天候を司るギャル

 

 

 キャンプに行ってきました。


場所は笠置キャンプ場。私が初めてソロでデイキャンプしたキャンプ場であり、1泊1000円で、かつ平日は静かでいいところです。(土日はかなり混んでいるそうです。)私の住んでいるところから電車と徒歩で約2時間弱程でしょうか。

近所には薪を売ってくれるお店やコインシャワーがあり、そのほか炊事やトイレ、ゴミ捨て場など、ありがたい設備が整っています。
しいて言うなら夜間の車の出入りが少しありましたが、そのへんがゆるめのキャンプ場であることは事前に情報収集できていたので気にせず過ごせました。

 

 さて今回私がキャンプ場で試したかった事。

①キャンプごはんを充実させたい。
 家ではさんざんクッカーを使って日々料理を楽しんでいますが、野でイチからつくるのはじめてです。ベランピングの時などはなんだかんだキッチンにものを取りに行けたしね。キンチョーする。

今回は友人も一緒なので、晩ごはん係→私 朝ごはん係→友人 と 役割分担をすることに。はりきるぞ!


②寝袋の寝心地を知りたい。
過去にテントで昼寝くらいはしたことがあったんですが、実際に一泊は初めてです。準備の段階からキンチョーする。朝かなり気温が下がる予報なので、テント内の結露も心配です。

 

■準備

 

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 今回のキャンプの予定を立て始めたのは1か月くらい前です。
私がなかなか2日連続で空いている日が少ないので、かなり前から計画しました。
必要なものをそろえたり、ごはんのことを考えたりする時間は本当に楽しいものです。

58Lのザックひとつにぜんぶを詰めて1泊するわけですから、経験の少ない人間にとっては大仕事です。
食べ物は基本冷凍し、1人分ずつ小分けにしていきます。

徒歩と電車で現地に向かうので、到着したい時間と電車のラッシュ時の兼ね合いを考えつつその日の天気や気温を見ます。
気温はいい感じ。一桁台まで寒くなるのはあくる日の朝だけのようです。風も少ないみたいし、あとは晴れれば……

晴れれば……!

 

■そして当日


 雨でした。

前日ぎりぎりまで「ワンチャン晴れますよ~ガチで。」と天気予報サイトは言ってたんですが、朝から小雨か降り続いていたようです。

まあでもパラついてるだけだし大丈夫っしょ……出発です。

 

12:00 笠置キャンプ場 到着

 やまない雨って何?ウチらキレさせっとこわいよ????????ねぇミカ、ウチらで天気予報士全員やっちゃわない?????????

まあでも設営初めてじゃないし……。初めてじゃないし!

 

13:30 設営完了

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1時間半弱もかかってしまいました。
初めての雨天キャンプで結構手間取ってしまい、本当はテントとタープを連結させた小川張り的な設営が理想だったんですが、いったん断念。
あきらめてテントとは別にタープをダイアモンド張りして友人と2人で雨宿りです。

やっと昼ご飯だ~ウレシス。

 

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14:30 雨が上がる

 やっぱ天国のギャルはウチらにダブルピースしてくれたってワケ。
天候を司るギャル「あーしらのチカラ、まじなめんなし。いつでもオタクくんのミカタだよッ!」

軽く周りの設備を確認し、薪を購入。コインシャワーの場所も教えてもらって、意気揚々とテントに帰宅。
気温が上がり、地面も乾いてきて、予定していた小川張りに再挑戦。今度はうまくいきました。

 

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ぼちぼち焚き火もはじめます。焼いたマシュマロをクッキーに挟んでたべたのがサイコーでした。

 

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 この後は雨は降りませんでした。天候を司るギャルまじでありがとう。
(友人へ 普通に15:00集合にすればよかったね。ごめんね。by私)

 

■晩ごはんだーーーーー!!


 今日のメインイベントですね。

薪焼きステーキに挑戦!付け合わせはサラダとセロリのレモンマリネ。コーンバターも作ります。
ご飯ものはパエリア。メスティンに具材を入れ、あとは固形燃料で自動炊飯です。
コーンバターは水分を抜いて缶ごと焚き火のアミの上へ。バターを落として軽くマキシマムを振ってあとは放っておきます。
セロリのレモンマリネは、マリネのもとにセロリとパプリカをぶち込んで1日おいたもの。色がきれいでよい箸休めになります。
袋入りのサラダを軽く皿に盛りつけて、肉を焼きましょう!

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※パエリア

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※バターコーン

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※セロリのレモンマリネ
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※ステーキ


⭐︎肉は前日から冷凍しておいたので、焼くころには半解凍になっています。
焚き火に乗せたグリルパンの上で両面2分づつ焼く→ふたをのせて火から上げる→2分蒸らす の手順を踏めばいい感じのレアに焼きあがるのでオススメです。


友人が持ってきてくれた朝ごはん用のソーセージも焼いちゃったりして……最高かい!
重いのに白ワイン瓶ごと持っていって正解でした。こういうのがやりたかったんですよ。

 

■そして夜も更け


20:00 食事もひと段落

 無印良品日向夏グリーンティーと自家製ケーキで映画鑑賞タイムです。
ショウガとシナモンとナッツとドライフルーツがふんだんに入ったパウンドケーキを作りました。
もっとオリジナルをつきつめれば登山時の行動食にできるかもしれません。

 

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 観た映画はドランクモンキー酔拳。初めて観たんですがめちゃおもろかったです。
カンフーすご……ジャッキーチェンかわいい……。

 

家に帰ってから妹にも勧めました。

 

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■就寝


 各々のテントに戻り1人の時間を満喫。
2つ目のメインイベント、「寝袋の寝心地を知りたい。」の実績を無事解除しました。

 実は夏用の寝袋は持っていたんですよね。化繊の封筒型、リミット温度14度だったかな?学生の頃に寝袋で寝てみたくて2000円くらいで購入したものですね。


当然、これでは春先の夜に耐えようがありません。

モンベルのダウンハガー800#3ウィメンズを用意しました。
寒さはさほど問題なかったのですが、やっぱりマットが固いのと枕がないのが少しつらかったです。
夜中に2度ほど起きてしまいましたが、それでも眠れたほうじゃないでしょうか。

もうテント泊怖くないね!

 


■翌日


 心配していたテント内の結露はさほどでした。よかったよかった。

 かなり遅めの起床でしたが、今日は友人のつくった朝ごはんが食べられるのです。
あったかくて甘いコーヒーとバニラアイスクリームに付け込んだフレンチトーストでした。まじウマ!

 

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プリンのもとをいれたとかなんとか言っていたような気がします。全部わすれました。それほどおいしかったのです。茶色い甘いタレ?もありました。カラメルソースとかメープルシロップとか言っていたような気がします。おいしかったです。(2回目)


焼きソーセージも大好き。次のキャンプでもやろう……!


 さて、朝ごはんが終われば撤収です。
この日は昨日と打って変わってかなり晴れていました。
朝からあつい……寒かったらどうしよう?とたくさん着込んできたのを少し後悔します。

設営ほど時間もかからず、あっさり完了。
椅子だけ出して紅茶を飲みながらボーっとする余裕までありました。


 そして桜がきれいでした。ほぼ満開に近い感じで、夜はライトアップもやっていました。うれしいサプライズです。

 

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 そのまま11:30ごろの電車に乗って帰宅。
帰ったら座らずにテントやシート、クッカーやポールに至るまですべてを風呂にぶち込みます。軽くシャワーですすぎ、食器類はもう一度洗剤で洗いなおします。

 


これを自分もシャワー浴びながら全裸でやるのが楽しいんだ。

全部洗ったら干して終わりです。
金属のもの(ポールとかクッカーとか)は万が一錆びると嫌なので、拭きあげてから立て掛けておきます。

 

■まとめ


 まさかのしょっぱな雨。設営がすこし大変だったけれどもすごく寒くなるわけでもなく、楽しく過ごせてよかったです。風も少なかったのでおだやかに燃える火を眺めて夜を過ごしました。

 

 そして反省点ですが、レジャーシートとは別に、グランドシートがいるのだなと痛感しました。テントの底が泥と草でべちゃべちゃでした。

 次はまくらを絶対用意しようというのと、もう少し荷物を見直して軽量化しないと気軽なレジャーにならないですね。一度背中から転んでしまうとおそらく立ち上がれないです。
ほしいものは軽量のテントともう少し小さいテーブルですかね。

タープに初期からついてる自在が最悪だったので次回は付け替えて持っていこうと思います。(というかタープは持っていかなくてもいいかも。ポールも重すぎるので。)

 

 


 いろいろありましたがいいキャンプになりました。もし今後車で行くようなことがあれば雨のキャンプもオツでしょうね。

 


 また、今回のブログをもとにレポイラストも描くと思うのでよかったら見てください。

 

 


それでは。

 

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レストランで食事、憧れすぎてるの巻

 レストランってホントに怖い。


 場所に魅力を感じないとか、食に興味がないとか、お金がもったいないからという理由で行きたくないわけではない。どちらかといえば、行きたいにきまってる。

 


 恐怖!

 

私の中にある全部のコンプレックスを刺激してくる空間。

 


 まずはお手頃?なランチから行ってみようと思ったが、行く前から疲れてくる。
お店は何にも悪くない。私がホントに全部悪い。せめて個室にすればよいのかもしれない。
何をすればスマートでどうふるまえばふさわしいのかが全く分からない。


完全アウェイ。

まるで転校初日、前に通っていた学校の制服を着て教壇に立つかのような違和感。

 


 料理は好き。むしろ食には強い関心があるほうだし、こだわりはないが「それを食べたことがある」という経験はいつでもしたいと思っている。


が、それを上回る不安があまりにもでかくそびえたつ。

 


 例えば、服装。


ふだんよりちょっとおしゃれにしたい気持ちがあるが、周りから浮かない程度に自分を飾り付けるのは本当に難しい。多分周りの人は何にも思わないのかもしれないが、「コイツ浮かれてるな~。」と思われるのがめっちゃ嫌。


実際浮かれてるのは事実だけどあまりにもフランクな感じで行って「コイツ浮かれてるのを隠したくてわざとフランクにしてきたのかな?ダッサ~。」と思われるのもマジ、ホント嫌。


誰かと行くとして、デートっぽく仕上げるとして、手ごろなワンピースって何?

レストランに着ていけるような美しく見える、上質でシンプルなワンピースは触るのも怖い。

ワンピースのほうから「お前に俺は似合わんから着ないでくれ」と拒絶されているようにすら感じる。

 


 こういうのを延々考えすぎるせいで、結局から回ったヘンな格好で行くような気がする。

誰も私に似合う、かつドレッシーすぎずカジュアルすぎずちょっといいとこ行くのにぴったりなワンピースのことを教えてくれない。深みにはまる。教えてもらおうという考えさえダサすぎて泣きそう。

 


 そして、少ないサンプルと記憶を頼りに書くのでふわっとなるが、なんかよくわからんけどちょっといいとこってこう、入り口にちょっとした廊下?みたいなのがあって、食べるとこ?とコートとかカバンを預かってくれるとこ?がちょっと分かれていたりしてもう気遣いがあるじゃないですか、その読まれっぷりがすでに怖い。あと昼なのにバリ暗い。


私の恐怖を読み取ってるんだ。建築士を呼んでくれ。このレストランの空間をデザインした怖い人を今すぐ呼んでくれーーーーっ!!!!


私の「コート預けてもらってるとこみられるのやだな~。」「店に入るときに鳴るドアの鈴の音で自分に視線が一気に集まる瞬間マジで苦手だな~。」という心理を読んで先手で対策を打ってくるな。怖いよ。

 


 そしてお次はテーブルマナーだ。こちとら箸もぎりぎりじゃい。


最悪スプーンの1本くらい余ったってまあいいのだが、私の食べ方ではどんなに気を付けてもナイフとフォークと皿がうるさい音を立ててしまう。立ててしまいません?私は完全な無音を目指しているので、すこしでも音が鳴ると途端に「やば、今の音確実にほかの客に聞かれたんじゃ!!!???!???!?!」とストレスになってしまいもう味がしない。


周りを見回すともちろんこちらのことなど気にしている様子の人などいないのだが、そうすると今度は楽し気な会話や談笑、レストラン全体から聞こえてくる金属の擦れる音が私の耳元で大きくなりはじめる。

 


すべての食器をシリコンで包んでくれーーーーーっ!!!!!

 


 食べ終わった後のナフキンはくしゃくしゃにしたほうがいいとかも先教えてほしい。
できればコートを脱いで預けてるときとかに「うちでは食べ終わった後膝に置いてたやつはくしゃくしゃがいいと思ってますんで……」とさりげなくいっといてほしい。できれば。

 


 それから、これが一番の恐怖なのだが、自分の挙動が不安すぎる。


ここまでの愚痴を全部読んだ人ならわかると思うが、とにかく余裕がない。
椅子の位置が気になりすぎすぎたり、一気に水を飲み干してしまったり、緊張でトイレに行きまくってしまうだろう。出てくる皿に乗った料理を大急ぎで平らげて、一緒にいった相手に呆れられるかもしれない。

 


食事と、目の前にいる人とのおしゃべりを楽しむだけの場所だとわかっていても、これだけいろいろ考えながら食事をしていては口数も減る。いつもと違う場所でヘタなこと言ってしまわないか、それが怖い。


 それに、相手に恥をかかせるのもすごく怖い。もう一緒に食べにきたくないと思わせないような振る舞いを完璧にしたいのに、考えれば考えるほどスプーンを床に連続で落としまくり、パンくずをまき散らし、皿の上のソースをぬぐう一つ一つの動作さえ知らない人に監視されているかのように居心地が悪い。写真も撮っていいのかわからない。

 


 会計ってその場で割り勘にしちゃダメか?おいどうなんだ、教えてくれ。

 


 そして帰り際、預けていたコートとカバンを返してもらうがこれも嫌。


コートを受け取ろうとすると、一向に渡してくれないのだ。不思議に思って一緒に来た相手を見ると、服屋で店員さんが試着するときのように着せてもらっている。
なるほどと自分もそれにならい着せてもらうのだが、あまりに丁寧なのでタイミングが合わない。


手をこれ以上広げたら顔を殴ってしまわないだろうか。想像するだけで「すみません。」と謝りそうになる。

 


 気をもみにもむ2時間のフルコース。(もみもみ)


たぶん感覚がくるって異常な速さで食ってるから滞在時間が1時間とかになってる。疲れるでホンマ。

 


 サービスが一流であればあるほど何も味わえず、人の目が気になり、クッタクタ。
家でフルコースをお取り寄せすることも考えたが、本当は「彼とレストランでランチをしたの。」みたいな実績解除したいじゃないですか。誰にも言わないけどね?ちょっとやっぱ……うれしいじゃないですか?正直言って。照。ディナーでもいいんですけど!照。

 


 でも正直これ、別にラーメン屋とか行っても思うんですよね。


髪型とか、服に汁が飛んでないかとか、並び方はこれでいいのかとか、初回で「普通」以外を頼んだらちょっと嫌われたりしないかとか。水はセルフだろうか、うわー、張り紙とかもないじゃん、セルフじゃないのに勝手に取りに行って怒られたらやだな〜、おしぼりもういっこもらいたいけど店員さんみんな忙しそうだし頼めないな、とか。いちいち考えすぎか?


380円のちっせ~~~チャーシュー丼だけ食って帰っちゃダメか?ダメなんだろうな。

 


 私がレストランを経営しようかな。


 チュートリアルレストランみたいな名前にして、入るところから食事のマナー、お見送りまで全部をキッザニアみたいに体験できる的なヤツ。どうですかね?

 


 まずは調理師の免許をとってその足でフランスへ飛び、一流レストランで修業して帰国、日本伝統の文化と修行で身についたフランス仕込みの腕前でスパイスカレー屋かラーメン屋を経て、ちょっとバズらせたあとあっさり店をたたみ、チュートリアルレストランを経営しよう。
「マナーを全部フリップで指示してくれる3つ星レストラン」としてヒルナンデスで紹介されることだろう。
そしてそのレストランで築いた巨万の富を全額投資して、「無法地帯レストラン」もつくる。こっちは世界最高峰の料理をマナー全無視し、手づかみでいただくことのできる世界で一つだけのレストランだ。もちろんすべて個室。無法地帯なので皿を持ってトイレに行ってたべてもかまいません。あなた方を怖がらせるような周囲の目など存在しないので、安心して来店してほしい。

 


 そうして私はいつの間にか老い、経営も料理も後を継いでくれる有望な若者に託すことだろう。

 

 


 そうしたらあなたとまたレストランに行きたいね。