どくさいスイッチといちごみるく
起き抜け、いきなり死にたいとおもった。
テーブルに昨日買って飲み干さなかったいちごみるくがあった。
喉がカラカラだった。昨日はなにをしていたんだっけ。
世界は自分1人になっていた。なぜならどくさいスイッチを押したから。
それがどくさいスイッチであることは知っていた。テレビで見たことがあった。20年くらい前にアニメに出てきたきりだったが、どくさいスイッチであることはすぐにわかった。
飲み過ぎていた。
追い出されコンパで散々飲んだ。友達なんか1人もいなかった4年間だったけど、一年前の追い出しコンパに参加さえしなかったけれど、それでも行った。
人の目を気にしないこと、それだけが浮いた人間にとって最後にできる気遣いだとおもっていたから。
目の奥にガンガン響く自分なりの優しさを心から憎んだ。終電をなくした暗い道を眺めながらひとり歩く。
だって仕方ないじゃない。三次会に誘われなかったんだもの!うるせ〜
すると突然、目の前にどくさいスイッチが現れた。
いや、どくさいスイッチの方からすれば、私が現れたのかもしれない。
飼い主を失ったように見えるどくさいスイッチに、なぜか私は親近感を覚えた。
触れようとして、ふと周りを見回す。
今、誰かが落としたのかもしれない。
午前2時。木屋町は賑わっているとまでいかなくとも、まだちらほら人がうごめいていた。
これ、押したらあの影達が全て消えるんだ。
「ほんとかな」
ついぽろりと独り言が漏れる。
誰も聞いている様子はない。
サッとひろってコートのポケットにしまった。
間違って押してしまわないように。
今日は完全に服を間違えた。
3月だというのに、ワンピースの上に羽織った春物のコートはまだ心もとなく、ぎゅっと裾を握ることでしか気持ちをごまかす方法がなかった。
帰りに下宿近くのコンビニに寄って、いちごみるくを買った。
家に帰ったら飲み会の全てを吐く計画。
その荒れた喉を癒すならこのピンクの紙パックしかないとおもった。
お金を払おうと財布を取り出そうとした瞬間、店員が消えた。
目を離した瞬間に店員がカウンターにしゃがんだのだと思った。
違った。
店中がしんと静まり返っていた。
店だけじゃない、町中が、世界中が、未だ動く機械のブーンとした無機質な音だけになってしまったのだ。
それと、たったひとり私を残して。
新品のトレンチコートからこぼれたどくさいスイッチが、押されたのだ。
仕方がないからお金はレジに置いて、コンビニを出た。
なぜか万引きだけは良くないことのように思えた。人っ子一人いない世界で、私だけが守る秩序に少しだけ快感とも優越感とも取れるなにかを覚える。
下宿に帰りついて、チープないちごの描かれた紙パックにストローをさす。
計画は台無しだ。
今日はこのまま寝てしまおう。
ぶっこわれたどくさいスイッチとスマホをテーブルの上に置いてベッドに潜り込んだ。
そして今。浅い眠り、少し荒れた部屋、目の前にはいちごみるく。
身体中が水分を欲している。
嘘みたいに不透明な毒だ。
このまま全部飲めば、致死量に達するだろうか。