オリーブの実
メルカリノモノガタリ に触発されたので、私もフリマサイトの嘘の思い出を書いてみる。
もう3〜4年ほど前の話だ。メルカリというアプリをインストールした。
私はハンドルネームをつけられる状況において、基本的に本当の名前は使わない。その上、SNSなどで一発でわかるIDも使わない。私のメルカリ上の名前は「ゆうり」だった。
全く違う名前を持つのは素敵なことだ。本名をもじっても良いのだが、新しい人格を与える時、またかならず名前も違っていなければならない。
なるべくプロフィールには嘘八百を並べた。
都心に住む女子大生「ゆうり」は、上京したてで右も左もわからない。初めての一人暮らし、初めての大学生活、不思議と恐怖心はない。生活に必要な雑貨を少しずつ集めたいのだが、家具の形や色にはこだわりたい。
中古でもよかった。
それで初めてフリマアプリをインストールしたのだ。
新品のフライパン、誰かが作った本棚、木製のハンガーや水色のサイドテーブル。
どれも新品同様だけれども、少しだけ人の手に触れたものは不思議と「ゆうり」の手に馴染む。
生活にも慣れてきて、ほとんどアプリを触らなくなった頃、ふと「ゆうり」は部屋を見渡す。
大満足の部屋だ。
新しくはじめたバイトで買った服もずいぶん増えたし、新品で買ったはずのフライパンはテフロン加工が怪しくなっている。使いさしの調味料の列をみているとお気に入りがばれるようで気恥ずかしい。
目に留まったのは、オリーブグリーンのバルーンスカートだった。
「ゆうり」が一人暮らしを始めるよりもずっと前、まだ高校生だった頃にあまりに気に入って買ったものだった。
まだバイトもしていなかった頃、田舎の商店街に並ぶそれはひときわ輝いていた。おばあちゃんが行くようなブティックで見つけた。
7000円。当時の「ゆうり」にとってはあまりに高かったが、勢いよく買った。
しかし、翌日遊びに行った日以降、1度もはいていない。友達におばあちゃんみたいな色だね、と言われてしまった。すごく悲しくて、落ち込んで、それを顔に出さずに「おばあちゃんが買ってくれたから......」と嘘をいってごまかした。
なんとなく捨てられずに、持ってきてしまった。この新しい生活には、いささか不釣り合いだ。
アイロンで丁寧にシワを伸ばす。
本を入れていたダンボールの奥に小さくたたんで、こっそり隠して持ってきた。本棚が届いた日に見つけて目を逸らし、ハンガーが届いた日に久し振りに掛けた。
鏡の前で踊るように振り向く。
鏡に映る「ゆうり」は背が高い。そのバルーンスカートがあまりに似合わないのでため息をついた後、笑いがこみ上げてきた。
「たしかにおばあちゃんみたいだ。」
ハリのないリネンの素材のそれは、「ゆうり」を太らせてみせた。背骨も曲がって見えるようだ。
気分が晴れた。メルカリで売ろ。
そのまま脱いで、ベッドの上に広げる。下半身丸出しのまま、写真を撮った。
出品して3日後、連絡があった。
「買います。 それと、サイドテーブル、大事にしてくださってありがとうございます。」
交渉成立。
晴れてスカートは他の人の手に無事届いたようである。
そりゃ、送る寸前はちょっとだけ寂しかったけど......似合わないものをいつまでも持っていたって仕方がないもの。
自分がいろいろと選んで作った空間。大変居心地がよいものだ。逆に モノが人を選ぶ時だってあるのかもしれない。
あのスカートが居心地よく暮らしていますように!