ボトル

good night mare

産直アルビノジャム

「今朝、浮雲の定置網に珍しいシャボン玉が沢山かかっていたのでよかったらたべてください。うちでは食べきれなくって」


ご近所で農家をしているイッカクさんが届けてくれた。


「ほんとだ珍しい色のシャボン玉ですね。透明じゃなくて、白い」


イッカクさんによると、一般的な光彩色のシャボン玉が稀に白くなるのには、光彩色をつくるプリズムという色素成分が何らかの遺伝的な理由により突然作れなくなってしまい、中に雲が発生したために起こる場合があるという。

 


 いつもお辞儀をするとき、立派な角が当たらないように気を使ってくれるイッカクさん。イッカクの良さが現れていると思いながら、そのままキッチンへ向かう。


 シャボン玉は時間が経つと気化するか、油断をしていると網からフワフワ逃げて屋根まで飛んでいってしまうので、新鮮なうちに泣き虫の涙でボイルして固体にしなければ食べられない。
一般的なシャボン玉は、加熱すると固くガラス玉のようになるが、白くて、少しふかふかしている。


いつもはオーロラ粉で作ったタルトの上に、夜光雲のムース、その上にカットしたシャボン玉をのせて食べるが、今回は小ぶりなシャボン玉が多い上に大量なので、保存が効くジャムを作ることにする。


普通のシャボン玉と同じように縦半分に切り、中のワタの部分を取り除き1cm角にカットする。ごろっと感が欲しい時はもう少し大雑把にカットする。
山の果実であればフォークで荒く潰すのがセオリーだが、膜が命のシャボン玉に関しては刃物を用いたほうが良い。何せ繊細なのだ。

 

「切れた」

 

ラニュー糖をまぶして置き、水分が染み出てくるのを小一時間待つ。工程はここで一区切り。
手を止めれば息が漏れて、肩がゆっくり下がる心地がした。

 


 今時珍しい土間の台所の、すぐ後ろに小上がりになった居間の端へ、スリッパを脱がずに腰かけ、外を見る。

開け放した扉の向こう。触り方に気を付けなければ手を切る長い雑草が門柱を覆い隠すようにびっしり生えている。

きっと、中を見なければ廃屋と見まごう有様だ。

 

 

 突然背後の勝手口の引き戸ががたがた揺れて、レールからぼこ、と押し出された。

薄暗い居間の向こうからまた別のぼうぼう草の景色が見えて、その前に大きな黒いシルエットがあった。

中心からいくつかに枝分かれした先端が部屋に侵入してくる。おくれて中心もついてくる。


頭を下げたまま近づいてくるそれは、くぐもった声で、

 

「み……」

 

み……?

 

「水……あり…ま……か……」
「み、水ですね。少々お待ちを!」

 

あわててきれいなグラスを探し出し、水をためている桶に手を突っ込む。


得体のしれないそれに差し出しながら、改めてまじまじと観察する。
中心から枝分かれしたとげは先端に行くほど細く、針のようにとがっている。
真ん中の柔らかい部分を覆い隠すように、黒くかたい殻をもって、ゆっくりとうごめいていた。

 

 

「あなたは……」
「ぷっはー!生き返ったわー!

ま、欲をいいますと海水のほうが嬉しかったんやけどねえ。文句も言うてられませんわ。水分あるだけ感謝ですわな。

まあしかし、そのね、できればほらそこ、赤いキャップの。あ~それそれ、食卓塩言いますのん?それをね、ワシの頭から振りかけてもろて。そうそう、心地ええですわ~!おたくプロとちゃいます?さすがですわ~ってなんのプロやね~ん!みたいな」
「あの……」
「ああせや、すんません。申し遅れまして。ワタクシ南の”ながれ星入り江”から来ましたウニっちゅうもんです。」

 

器用に針を動かして、どこからともなく小さな名刺を差し出す。
よく見ると名前の隣に”星の砂リゾートグループ 営業部 部長”と記載があった。
ウニと名乗ったその大きな黒い塊は、遠慮なく水を飲み干しよどみなく話をつづけた。

 

「当然ご存じかと思いますが、当グループは……え?しらん?んなあほな。

ほら、”ながれ星入り江”は知っとるでしょ?お砂糖の砂浜に青い海、夕暮れ時はあたり一面ピンクになって、空と海の境界線がなくなる……そんなとき、ながれ星がスコールのように降るんです。その瞬間に立ち会えたカップルは必ず幸せになれるとか何とか、まあ結構有名な観光地ですわ。」

 

そういえば南のほうに海があると、イッカクさんも言っていたな。と思い出す。

その話が出たとき、イッカクさんはいやにくねくねとしていたが、なるほど、そういう伝説があったのなら理由が何となくわかる気がする。


ウニは続けて、

 

「あの辺にリゾートホテルが何棟かありますやろ。一帯を取り仕切ってるのが我々”星の砂リゾートグループ”っちゅうわけですわ。そんでワシはそっからはるばるやってきたっちゅー。

いやしかしホンマにね、おたくなんちゅうとこに住んでますのん?ここまで来るのにえろう難儀しましたわ。」
「はあ。そんな遠くから……それはご苦労様でした。それで、いったい何の御用です?」

「ほんでね、こっからが本題なんですわ。近々、古いホテルを1棟まるまる改装しましてね、基本的なサービスはおさえつつ、より安価に、より気軽にお泊りいただけるような……若いカップルや家族連れをターゲットにしていきましょう、という、そういう企画が持ち上がっとるんですわ。」
「なるほど。」
「そこでね。ニンゲンのおたくに協力を頼みたい。」
「……ほう。」
「ワシらどうぶつやさかい、どうしても手先の器用さがありませんやろ。ですから、おたくの料理の腕をみこんで、ぜひ!おもいまして。」

 

塩をなめなめ、まくしたてるでかいウニをそっと持ち上げ、水を張ったバケツの中に移してやる。

 

 

 さきほどグラニュー糖をまぶしておいたシャボン玉はすっかり準備万端で、頃合いだろうと鍋に移す。


チチチチチチチ……


弱火にかけ、きのうの虹をぎゅっと絞る。たくさん入れると真っ黒になってしまうが、入れすぎなければ色止めに効果的なのだ。

木べらでまぜながら煮詰めていく。クリアな甘い香りが漂いはじめても、ウニの口は止まらない。

 

「……いままでのシェフたちもおりますよ。でもね、どうしても火を怖がってしもて、基本的には生野菜を盛りつけたもんやらキノコやらくだものやらになってまう。

……もちろん芸術的な素晴らしいもんではあるんですよ。ご好評もいただいております。でもね、ワシは今回の企画、”デザート”がカギやと思てますねん。」
「デザート、ですか。確かに私はケーキなどよく焼きますし、たまにはふるまったりもしますけれども……」
「どうかひとつ!ここは人助け……いやウニ助けやおもて、事業に参加していただけませんやろか。ニンゲン代表として!」

 

 

ニンゲン代表……。
とろみのつき始めた鍋の中身を見つめながら、少し黙り込む。


キラキラ輝く乳白色を見つめていると、そんな仕事、自分に務まるのかな、と少し不安になってくる。

 

 

「私の作ったケーキをシェフさんたちに盛りつけてもらうのは、確かに憧れではあります。」
「そ~~~~~~~でっしゃろ!?さすがニンゲンの頭脳!話が早くて助かりますわあ!」

 

ウニのあつくるしさはさておき、すてきなホテルにケーキを卸すって仕事としても悪くないかもしれない。


でもプロって程の腕ではない。

ただケーキを焼いて、イッカクさんや近所の人にふるまって、それで……それで満足してきたもの。

 

昨日仕込んでおいたレアチーズケーキをきりわけ、先ほど煮詰めていたあつあつの白いジャムをのせる。
くるりと背を向け、ポットを手に取る。

 

「すみません、本当によいお話なんですが私には……」

 

 

 紅茶を入れ、ケーキと一緒にウニの前にコトリとおいた。

 

「おっ、ええですのん?こんないただいてしもて。うれしいわあ、ほな遠慮なくいただきますー。んっ!?」

 

バケツからはいでて、ケーキを一口、口に入れた瞬間ウニは体からはえたたくさんの針をぴんっとはりつめた。


じっと黙って動かない。火傷?腹痛?何か変なものを入れてしまったのだろうか。

 

「だ、だいじょうぶですか?すぐにお医者を……」
「んっ……うんまーーー!!!!!」
「え?」
「これこれ、このジャム、何ちゅうもんですの?

さわやかな甘みと後から香る花のようなかおりが鼻を抜けていくような……それでいて少し塩味もあり後味に癖がない。こんなもん初めてですわ……。」

「これは、シャボン玉のジャムです。今日のは特に珍しい、白い色の……」
「商品化!商品化やーーーーーーっ!」

 

答えを待たずに興奮状態のウニが大声をあげる。
わさわさと針を動かし、チーズケーキをほおばる姿を見て、すこしほっとしたものの、思考が追い付かない。

 

「こういうのんはどうやろう、うちのホテルに泊まってくれたら1組に1瓶、ジャムをプレゼント!みたいなキャンペーンをやるねん。

お土産売り場にもおいて……。これは流行る、ぜったいに、流行る!いや、流行らせるでーっ!」

 

あっけにとられたままのこちらのことはお構いなしに、ウニは一呼吸おいてこう叫んだ。


「商品名は……産直アルビノジャム!」

「産直……アルビノジャム?」
「ええ、ええ!そうですわ!」


何故産地直送なのだろうかと首を傾げた。


「でも、白いシャボン玉は珍しいでしょう。これもたまたまご近所さんから頂いたものですし。

そういう、売り物に出来るくらいの大量生産はちょっと厳しいと思います。」

「たしかに、ここいらではそうでしょうな。でも、ながれ星入り江ではちゃいますねん!!」


お砂糖の砂浜、青い海はしょっぱいのなら、夕暮れどきに振るながれ星はどのような味をしているのだろう。力説が始まりそうな予感をしり目に、そんなことを考えていた。


「ながれ星入り江はながれ星が降ってくることから、その名が付けられたのはさっきお話したとおりですけどね、なんと!星、と比喩されてるだけで、ながれ星は実は白いシャボン玉ですねん!いやあ、びっくりやわ〜〜〜〜〜!」


ウニの針がさわさわ揺れる。


「あれ、ピンクではないんですか。」
「ああ!辺り一面はピンク色になるんですけどね、降ってくるものは白いんです。」
「不思議ですね……。」
「スコールのようにながれ星が降ってくる言いましたでしょ。あれは雨のスコールみたく突然降って突然止む現象から言われてるのは勿論なんですが、白いシャボン玉のなかの雲のことも指してるんです。」
「はあ、なるほど。」
「シャボン玉って、ふわふわと浮かびますでしょ?でも、あそこらへんのシャボン玉はすこし他よりも重たくてね、ながれ星が落ちてくるみたく降り注ぐんですわ。ま、一説には、雲が含まれる量が通常よりも多いかららしいですけど、正確なことは分かってないらしいですわ。」


喋り疲れたのか、ウニは一旦バケツに戻り、トゲのてっぺんまでを塩水に浸した。

そして数十秒後水面から飛び出してくる。
「どうです?気になってきましたやろ、ながれ星入り江!」
「ええ、まあ。……でも、白いシャボン玉はいいとして、商品として作るなら泣き虫の涙も大量に必要ですし……」
「おや、おやおやおや?」
目の前の針がぶわあ、と一回り大きくなる。すぐ逃げたり、気化してしまうシャボン玉に欠かせない泣き虫の涙は、貴重品とまではいかないが、手に入れにくいものだ。
「それなら尚好都合や!!もしかしてこのジャムは私どものホテルのために生まれてきたんとちゃいまっか?!?これこそ、産地直送や!!」


ウニはまくし立てるように言った。

ながれ星入り江には小さな洞窟があちこちに点在しているという。なんでもないような、波によって削られただけのよくあるもの。

だから観光には不向きで、今まで見向きもされていなかった場所。ただ、そこは天然泣き虫の生息地らしい。


巷に出回る泣き虫の涙はほとんどが養殖なのだと、イッカクの子どもが得意げに教えてくれたことを思い出す。

 

たしか、そよそよ豆の実を泣き虫の涙で割って、しゅわしゅわする甘いドリンクを差し入れしたときのことだ。子どもが言うには、天然ものは純度が高いのだという。ちらりと台所に並ぶ瓶に視線をやった。真ん中の、うすいみどり色をしている瓶のなかに詰まっているそれとは、なにが違うのだろう。

 

 

「あ〜!見える、見えてきた!観光と地元資源の共存や!」


地元のものたちは、湧いてくる泣き虫の涙を汲み取りに洞窟へ足を運ぶのだという。


「いや、ますますこのジャムはながれ星入り江にふさわしい!どうです?火を使うのはやっぱりニンゲンさんじゃないときびしいんですわあ……」
「はあ……、」
「うーん、ニンゲンさんはながれ星入り江に来たことないんやったんですよね、来て見てほしいわあ〜〜……。めちゃめちゃいいところなんですよ!!景色が綺麗で美味しいものもいっぱい!」
「まあ、観光地ですしね」
「お酒もね、古くからある酒造の古酒が美味しいんですわ。

おっきい甕になみなみ入った蜜の酒をひしゃくで掬って飲みますねん!!」


お酒。その言葉に反応したことがウニに伝わる。ここぞとばかりに、ウニは続ける。針玉はびっくりするくらい色々な方向にトゲを広げていた。


ユニコーンのたてがみを炙ってそれをツマミに一杯!くぅ〜〜〜っ、たまりませんで!!」


ぐう、と唸る。

ユニコーンのたてがみは珍味として有名だ。ユニコーンは天高く、空の上に住んでいて、雷雨は彼らが空を駆けることで発生する。

たてがみを大きく振り乱しながら走り回るので、自然と抜け落ちてしまう。それが雷とともにパラパラと地に降り注ぐから、雷雨のあとの晴れた朝には皆、たてがみ取りに出向くのだ。ただ、この地域の場合はそれをするものは少ない。

ユニコーンはイッカクとツノ仲間であるから、イッカク一家に気を遣い、ここらでは出回らせないことが多い。

 

しかしあのたてがみは美味しいから、3軒隣に住むスナメリがどこからかこっそりと仕入れてきて、自分はそれをご相伴に預かるのだ。


「どうかたのんます!」
「はあ……」


すこしずつ気持ちはながれ星入り江に惹かれているものの、決定打に欠ける。

曖昧な返事をしていると、勝手口の引き戸が開かれた。

 

 

「なんの話してんの?」
「あっ」


先ほどから頭に思い浮かんでいたイッカクの子どもが立っていた。いつもはすぐに屋内に入ってくる子どもは、見知らぬものを発見して、敷居の手前で立ち止まったままだった。

不思議そうにウニを見つめている。ウニは視線を向けられて、お辞儀だかなんだかしているようだった。丸い針玉だから、よくわからなかったけれど。


「こんにちは。ケーキ作ったけど食べる?」
「たべる!」


おやつ目当てでやってきた子どもは、飛び跳ねて喜んだ。すぐさま居間に上がろうとしたので、慌ててそれを止めた。


「手洗ってからね」
「は〜い」


まだ一桁の年齢の子どもは、シンクの蛇口にヒレが届かない。だから自分が持ち上げてあげる必要がある。どっこいしょ、と掛け声を掛けながら、子どもを抱えた。

器用にツノで蛇口のレバーを引き上げ、ムクロジの実でヒレをあわあわにさせる子どもに、微笑ましくなる。

 

ちょっと前まで掛け声はよっこいしょ、だったのに。ずっしりとした重みが腕に伝わってきている。子どもが成長するのははやい。そろそろこの役目も終わりに近づいているのだと、感慨深くなってしまった。

 

 手を洗い終わった子どもを腕から降ろすと、サンダルを脱いで居間に上がり、ウニが浸かるバケツの隣に座った。

大丈夫かなあ、と心配しながらも、レアチーズケーキをカットしていく。

背後で、へえ、とかまじ?とか、同級生にでも話すような感覚で気軽に相槌を打つ子ども。すこしだけハラハラする。

 

自分は知らなかったがどうやらウニの所属する会社は有名なようだし、なにか気に障ることをしてウニが怒って、針玉が子どもに飛びかかってこようものなら、一大事だからだ。


ウニが絶賛したそのジャムをケーキの上にのせながら、すこし悩んでさっきのものよりも多めに掛けた。子どもは甘いものが好きだから、たくさんあったほうがよいだろう。


「はい、どうぞ。」
「うわ、白」


正直な感想を漏らす子どもは既にフォークを手にしていて、準備万端なその姿に笑ってしまう。


自分の分も用意すればよかったと、土間に逆戻りしてふたたびケーキを切り分ける。


「……で、……………ですねん!それで、……」
「ふうん」


真っ白なケーキをお供に、彼らの会話は続いているようだった。子どものものよりも、ウニのものよりもジャムは控えめにした白いケーキを片手に土間に上がる。

彼らの会話は一区切りついたようだ。


椅子に腰を下ろして顔を上げると、向かいの子どもと目が合った。

 

「ええんちゃう?ジャムおいしいし、海のちかくで暮らしてみたらええやん!」


子どものその一言で、産直アルビノジャムはながれ星入り江の名産品になることが決まった。

 

 

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ながれ星入り江の星の砂リゾートホテルではじっくりことこと煮込んだ真っ白なジャムが大人気。
ながれ星のように降ってくる白いシャボン玉と、砂浜のきらきら星の砂砂糖、そしてすこしの朝採れ虹。それらを天然泣き虫の涙で丁寧に煮詰めました。

地元産の食材のみを使用した、爽やかな匂いがかぐわしい新鮮なジャムです。ホテルの宿泊者にプレゼントとして配られているものですが、お土産としても大好評。


ながれ星入り江にお越しの際は、ぜひ産直アルビノジャムをご堪能ください。

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(※4人で書いたリレー小説です)