つめたい姉貴をエスコート
「姉貴!おい姉貴!」
そんな野太い声が聞こえてきて、俺は顔を上げた。
3番線ホーム、進行方向一番端のベンチ。それが平日の指定席。住宅街とも、ビジネス街とも取れるような、中途半端な街並みの中にあるこの駅が、自分の最寄り駅だ。
生まれてからずっと住み続けている実家から徒歩7分の距離。
「うるさいなあ……」
イヤホンを付け、それなりの音量で音楽を聴いていたというのに、すり抜けてきた謎の声は、どうやら反対側のホームにいるらしい。
「待てって!頼む!!」
「うるさい!ほっといて!!!」
女の声だ。
聞き覚えのあるような気がして、俺はそのままぼんやりとその男女の方をみる。
喧嘩だろうか。平日の昼間から、こんな冴えない街にもちょっとした事件はおこるようだ。
「もう、全部イヤになったのよ。」
「なんで!僕たちは!」
いつの間にか、音楽は終わってしまって、何も聞こえないイヤホンを装着したまま俺は硬直した。
声の主。それは・・・・・・
長い髪が、駅名の看板の後ろから透けるように揺れる。
華奢な肩にプリーツが入ったスカート。女性だろう。
ただし、そこには1人しかいなかった。
反対側のホームの音のすべてはそこにあった。
私は体がだんだん重くなるのを感じた。
そして、3ヶ月前季節が冬にうつりかわる頃、目の前にいるその女性が行方不明になったというニュースを、引き戻されるように思い出した。
噎せ返るような花の匂い。
電車ふたつ分、あとすこし離れているはずなのに、音と匂いがこちらまで漂ってくるなんて。
自分の感覚に自信が持てなくなっていく。
俺が今、この眼で見ている彼女は、本当に俺の知る彼女なのか?
疑問に思ったとき、その女のながい髪が揺れる。振り向いたのだ。
ああ!俺の視力は悪い!
両目0.5、今日は裸眼だった。顔はぼんやりとしか分からず、けれども俺の知っている彼女に思えた。いつも着ていたようなワンピースのシルエットだから、そう感じているのかもしれないけど。
胸に赤い飾り。あれが花なのだろうか。
どうしよう、足が止まらない。
俺の脚はどうしてしまったんだ。
一歩、また一歩と電車のホームに向かって進んでいく。
あの女の顔を確かめたい。好奇心が恐怖を超えていくのがわかる。
右側からくる電車の風が強くほおを押した時、世界がスローモーションになっていた。
轢かれる!!!!
「あぶなーーーーーーい!」
だめだ、俺はもう助からない。
線路沿いぎりぎりに植えられている桜の枝は、電車の窓にいつも擦るのだった。
採算が取れないとおなじみの路線、四両編成の車体は擦り切れている。
あふれんばかりの花弁が視界を覆った。
胸が張り裂けそうだ。いや、実際、やぶけていた。
目の前に彼女がいた。
ふくらむ下半身が屋根をつくる。
彼女が俺にさわってつぶやいた。
「つめたい」
赤い飾りが差し出されて、受け取ることができない俺に、彼女は無理やり手ごと握らせた。
「あなたに分けてあげる」
それは一回きりの契約だった。
男の声だ。
「もう、全部嫌になったんだ!」
「なんで、私たちは!」
反対側のホームで、喧嘩だろうか。
よく目に映える、赤い飾りをつけた男性がそこにいた。
(※4人で書いたリレー小説です。)