ボトル

good night mare

お役所仕事

「絵しりとりの流れを止めるやつは重罪ですよ!」


この国では絵しりとりの流れを止めることは法律により禁じられており、違反したものは手足指を裂かれ歯を全部抜かれへそを無理やり開いて殺される。
それを定めたのは我らが女王様だ。麗らかな午後、今日も重罪人の処刑が行われる。


「さあ、もうかんねんしたまえ、ここがお前の年貢の納めどきですぞ。」


執行人の仰々しい声が、重罪人の手を縫い付ける警棒の力をさらに強くする。


「もっと……ください…」


風が吹けば消えてしまいそうな声で、年若い青年は言った。執行人は耳の横に手を当てて、青年の俯く顔に向かって聞き返す。


「もっとくれっつってんだよ!おい!聞こえねえのかよ!」

 

執行人の顔が近づくと同時、ここぞとばかり青年は声を張り上げる。

 

「あの……これ以上は別料金になってしまいますが……」


己の欲望を抑えることが出来ない少年はこう尋ねた。


「ここってPayPay使えますか…?」
「申し訳ございません。現金またはクレジットのみの対応となっておりまして。」
「え…?普通順番逆じゃない?ジジババがやってるような酒屋もPayPayだけは対応してたりするじゃん。」

 

執行人はかぶりをふった。

いつからだ。こんな馬鹿げた奴らに刑罰がつくようになったのは。

 

 

 パワハラモラハラ、セクハラ。

ありとあらゆるハラスメントが約100年前に犯罪となったこの国では、比較的軽罪とされるルートハラスメント──空気・流れを読まない行動──を被虐を好む者たちがわざと犯し、刑罰を受けることが社会問題となっていた。


実は先程からぶたれている青年こそ、10年後この世を震撼させたあの事件。
ホーリーシット・ルートハラスメント・エンジェル(HRA)事件の犯人となる男なのだが、2021年の現時点で、執行人がそれに気づくはずもなく。意を決した面持ちで握り直す獲物に声を乗せた。


「おらぁぁぁぁぁっ!!!これで満足かいっっ!!!!この軽犯罪者がっっっっ!!!仕事増やすなっっっっっっ!!!残業代出ねえっつってんの!!!」
「ああっ!ブラック公務員!監視社会の闇ッ!国の犬っ」
「駄犬が人のこと犬なんて言うんじゃねぇ!返事はワンだ!オラ!!!」


そしてこの日で最高の振り下ろしが来た。既に石畳に崩れ落ちていた男は歯を食いしばって、歓喜に目を見開く。大半がむき出しとなった背中への衝撃。それに伴い、下肢から下腹部、下腹部を通って脳へと直接、一番上等な快楽の電気信号がせり上がってくる。

 

今回自分が止めた絵しりとりの"りんご”の絵が思い浮かんで、そのりんごは頭の中で真っ二つに割れた。一番汚く大きな声で「女王様バンザイ」と叫びそうになったが、あまりの痛さに最初の「じょおお、」の音だけで精一杯だった。

そしてそれ以降しばらく、男は口から意味のある言葉が出せなかった。

 

一方、執行人はガチでドン引いていた。
相手がマゾとして快楽を獲たとして、カケラでもサービス精神があればまた許せたのかもしれない。
しかし、彼は先日異動になったばかりの新米執行人である。つい数ヶ月前までは、法務課で国法と向き合うことが彼の職務だったのだ。
執行人のなんで俺がこんな事を、という凍てついた視線もまた青年に突き刺さり、巡る血液と同じように快感が流れ、波のように次々と打ち寄せるのであった。


ただ、たしかに市井がこんな変態ばかりで埋め尽くされているのならば、今年度の税収は限りなく多く見込めるだろう。


「女王様の抜け目のなさに、俺は頭痛がしてくるようだよ」

 

執行人はぽそりと呟いた。

 

◇ ◇ ◇

 

 そして10年後。青年は大人になっていた。
いや、10年前も成人してはいたのだが、それからさらに......


「いま......おじさんって言ったか?」


スーパーハラスメントタイム突入!おじさんこと青年の脳内でそんな言葉が鳴り響いた。

スーパーハラスメントタイム、略してSHT!!SHT!!SHT!!ウォー!!!!!!キュインキュイン!金のメダルがジャラジャラジャラ。


クソガキが。


青年は一言吐き捨て、自らをおじさん呼ばわりした少年に向けて即座に紙の束を撒き散らす。

 

それは少年の母親のアイコラ写真だった。

そして、少年の反応を待たずに、青年はすぐさまお城の方角へ向きなおり、爆発の如き推進力で走り去って行く。

 

 彼の立ち去った後には、みな一様に具合の悪い顔をした人々だけが残されていた。
みな、女王にやられたのである。女王というか......少しの年月をへて、完全に開花した、最強のサディズム

 

「俺が執行人だ。仕置きをされたいのはどいつだ?」

 

警棒をビタンビタンと手のひらに打ち鳴らすそのさまはまさに、鞭をしならせる女王様のよう。罠にかかった愚かな獲物を哀れむような笑みを皮膚に浮かべた。


彼が処刑台から見下ろした先、腰を抜かした群衆の波を縫うように現れた男が一匹。


「まったく、俺が罪を犯す暇すら与えてくれないとはな……」
「待っていたよ、君のことを......。歴史に残るあの日、あの処刑がぬるすぎるとバックれて帰ったお前がまたもう一度戻ってくるとわかっていたからね。さあ、覚悟をおし!」


あの頃の処刑人とは違う。

男が逃げたあと、処刑人は国中のありとあらゆる犯罪者を捌いてきた。利き腕を刑罰を処すためだけに鍛え上げた。

目の前にいる男のためだけに!


スタートの合図のように、鋭い警棒の音が彼の背中から響いた。


男の背中は鋼鉄の背中だった。

執行人がスタートと同時に男の背後を取って、その背中を打ち付けたのと同じように、男は受けた攻撃を即座に生かし、執行人の後ろに回る。がばっと出現した筋骨の盛り上がった腕が元法務官の体を勢いのまま羽交い締めにして、いやらしい手つきが元法務官の黒いローブの中をまさぐった。


「身体はバランスよく鍛えなきゃダメだぜ」


とたんに執行人のしなやかな左脚が折れ、ぐっと身体を縮めたまま前転する様に回る。男は不意をつかれ、腕が解けて床に転がった。

 

組んだ足元に転がる男を見て恍惚の表情を浮かべ、


「さあ、もうかんねんしたまえ、ここがお前の年貢の納めどきですぞ。」


太陽を背に、執行人は宣う。

奇しくも10年前のあの瞬間と一言一句違わぬ言葉だった。


黄昏月を背に、男は宣う。

 

「はは…!もっと……くださいってな!!」


交差する両者のあいだに一閃光が瞬き、警棒が宙を舞い、ややあって、

 

 

男が倒れた。


振り向きざまに敗者を見下ろした執行人は、男がもごもごと口を動かしていることに気づく。


「ライ……オン…」


風が吹けば消えてしまうような声だった。


りんご。ごりら。その次と来れば、らっぱ?……いいや、違う。俺が十年以上待たされたしりとりは、これでようやく終わったのだ。

彼は男の懐から突き出ているものを掴んで引き抜く。懐かしい。イオンの3階で選んだ、女児向けのノートだ。罫線がない余白の部分に、白い羽根のデザインが描かれている。というか、なんか余白全体にキラキラとした光と小さな羽が無数にある。
絵しりとりをしているのは最初だけで、後ろ側の使っていないページにいくつかメモが書いてある中、『はやくへそを開かれたい』というなぐり書きが目が止まった。


一息ついた執行人ーーーーーーー否、執行人だったというべきか。
女王に報告へ行こう。この馬鹿げた法律をやめさせるのだ。


「あっそういえば......オンライン決済、各種取り揃えていたんですよ。」


余裕の笑みを浮かべ、落ちていく太陽を両腕に受けながら......彼はまた、歩き出した。

 

END

 

(4人で書いたリレー小説です。)