ボトル

good night mare

自虐合戦

 

 

 先日、ネイルの手入れに行った時の話だ。ネイリストさんは少しふくよかで、笑顔が素敵な方だった。


「本日担当いたします、〇〇です。」
「お願いします。」


テンプレ通りの会話から始まり、席に着く。

 


 散髪の時、店員さんに話しかけられるのが苦手という話をよく聞くが、私の場合はネイルがその地獄の時間だ。


 ただ、今回のネイリストさんは少し違った。
施術が始まり、その途端ネイリストさんは開口一番こういった。


「私ってデブじゃないですか。」

 


ええーっ
自虐からスタートする会話とかあるの?お互い何にも知らない状況で?

 


そのあともでるわでるわ自虐の応酬。


「いっつもデブって言われるんですよ。」
「店内狭くてすみません、や、私がやせろって話なんですけどね!w」
「ご飯おいしそうに食べることぐらいしか取り柄ないんですよ~。」


それらに「そんなことないですよ~」を返し続ける私。
今までで一番の地獄を感じていたが、その数分後さらなる地獄を経験する羽目になる。

 


 確かに身体的なコンプレックスを持っていることは誰にでもあるし、このネイリストさんの場合、たぶんだけど仲間内でも「ハイテンションデブキャラ」の地位を獲得しているのだろう。
初対面であっても自分自身の弱みを開示することで親しまれやすくなる、なんてこともあるのかもしれない。


だんだん聞いていくにつれ、私自身も「なにかフォローしてあげなきゃ!」と焦っていた。

 


少しでも流れを変えようと、放った私の一言が悪かった。


「えー、でもそれって魅力ですよ。」


嘘じゃない。
実際私は太っている人が好きだから。
太っていることはあなたが思っているほどマイナスではないと伝えたかった。


ネイリストさんはきょとんとして3秒ほど止まった。そのあと


「えー、そんなこと言ってくれたの、お客さんが初めてですよ~」


と返ってきた。

この時点では会話がうまくいっていると思い込んでいたのである。

 


そして、私の話を始めた。


私は肌が白く、それをほめてはもらえるが何度も言われると嫌気がさしてくること。
病弱そうに見えて嫌だった時期があること。
ニキビや日焼けが目立ちやすいこと。
でも肌が弱くてなかなか合う化粧水や日焼け止めが見つけられないこと。


最大限配慮したつもりだった。


「誰にでもコンプレックスってありますよね、でもそこがいいと思ってくれる人もいて、なんだか世の中ってホントわかんないですよね」


という話に持っていきたかった。

 


持っていきたかったのだが、一通り私の話を聞き終えたネイリストさんはこう言った。


「んー。私の悩みとは全然違いますね!肌白いのはいいじゃないですか、でもデブは誰から見ても嫌なので!」


こういわれてしまってはもはや軌道修正はできまい。
全く何も伝わらなかったし、フォローもできなかった。
完全に私が出した例が悪かった。無駄に人を傷つけたうえ、白い肌を自慢した人になってしまった。
序盤からおとなしく自虐話を聞き流すか、もしくはハゲの話でもしておけばよかった。


「そ、そうですか……。」


ようやく口を開いたときにはのどはカラカラ、気持ちはクタクタ。
ネイリストさんも顔には出さないがいつものペースが狂い、心なしか不機嫌そうに見えた。

 


そのあとは二人とも、必要最低限のこと以外、何も話さなかった。
押し黙って、塗り替えられていく爪を眺めていた。


ここが、本物の「地獄」ってやつですか。

 


まだ少し暑さの残る昼だった。